Tuesday, February 12, 2013

撮ることに執着する意味と無意味

「写真を趣味にしている=写真を撮ることが趣味」という図式は多くの人が誤解しがちな罠であるということが最近明確にわかってきた。もちろん撮ることが趣味な人もいれば、いろんな機材を使ってみることを趣味とする人もいる。しかし写真を趣味にすることというのは撮影する部分に着目する以上に幅が広い。

最近やっとわかってきたことはいろいろあるが、撮影よりも前の段階の構想段階というのは非常に重要であり、また、撮影後の演出作業にかけるべき労力の大きさも想像しているよりもよほど大きい。

自分が世に送り出した写真が誰に・どのように受け止められるかは完全に未知数だが、表現という言葉を使うのであれば自分の表現したいことを理解してもらえたかどうかというのはやはり重要な要素となる。

写真だけで相手に伝わるような単純でインパクトの大きいものはなかなか撮れない、ということであればやはり言葉で補うのが自然になってくるだろう。

なにをどのように表現したいのかを最初の構想段階できちんとコンセプトとして練ること、撮影後にコンセプト通りの演出ができることが表現力となってくる。そこの一貫性と品質の高さが自分の写真が理解されるかどうかのカギとなってくる。そのプロセスを試行錯誤でも身につけていく。

写真は済州島で撮影した1枚。空の青さと海の青さに加え自分の青さを表現したもの。



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